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Underwater

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 潮が満ちるのをみている。
 体を浸す波は夜みたいに静かで、うねりは強く、俺を深みへ引きずりこもうとする。
 でも掴まえた手が流離を防ぎ、のしかかる水圧が体をつなぎ留めていた。口うつしの呼吸で息を吹き返す。
 無脊椎に誘われて、甘く差し出した。ゼラチン質のデザートみたいにくせになるんだ。
 潤む弾力を味わって、味わわれる。いつの間にか全身水に包まれている。
 ゆるやかな息苦しさに溺れそうになるけど、それは穏やかで、温かかった。だから俺は流れに身をのせる。導く。導かれる。
 薄く開けた瞼に昇る月は緑。
 黒い睫毛に囲まれてる。
 知った時は意外だった。カラランにも毛があるなんて。
 俺と同じ緑は濃く濡れている。それとも濡れているのは俺のほうかな?もうすっかり水没して、待つばかりなんだ。言葉が泡になって消えていくのを仰ぐばかりなんだ。
 潮が満ちる。力強い潮流が背を押し流す。骨が撓み、離してしまわないようきつく握りしめる。
 舌を絡めて繋ぎ合わせた。腰を浮かせ、深く迎え入れる。
 寄せる波と、確かに熱く、繰り返される、夜の中に俺を留める杭。いいさ、夜だろうとなんだろうと、生きてることに変わりはない。流されながらだって泳いでいればいいんだ。いつか来る〈いつか〉は来ないかも知れないけど、お前と二人、こうしているのも悪くはない。
 悪くはないさ。名前のないまま漂っていくのも。
 だけど。
 お前は俺の名を口にする。
 俺がそう望んだから。
 呼ばれてとり戻した輪郭は、まだひどく痛んでいた。でもきっと、流れ出す。守ることを許されているから。俺はなんとか泳いでいる。泳ぎ方を真似しながら。
 生き方を、変える術をお前は教えてくれる。潜り方を。同化する術を。
 実際の〈生活〉、生きていくこと、ジェダイの習慣をひとつずつ捨てること。教えに、背くこと。
 新しい習慣を覚え、新しい繋がり方を知り、新しい言葉を話す。
 云わないことを知る。訊かないでいることを。
 本当の言葉を交わさないまま本当の心を知るのはなんて楽しくて、もどかしくて、かなしいんだろう。
 俺はだから、なんにも解ってないかも知れない。お前がなにを考えてるのか全く読み違えてるかも知れない。俺の眉間を小突き、子供のくせに皺ばかり作りやがって、と教えるお前のことなんか。カスミア、ジェイナス。
「もっと良さそうな顔できないのか」
 不満に、それとも不安に顔が苦む。
 俺はそんなに皺ばかり寄せてるかな。気づかなかった。
「ごめん……でも、気持ちいいよ、お前の……」
 優しく攪拌されて、くぐもった言葉は途切れた。云わなくていいことだった? それとも云ったほうが? ああ、でも、もう、俺は音だけで応える。これなら迷わない。きっと言葉ができる前からだって、伝えてきたんだから。
 微かな水の音。静寂の夜に閉ざされた俺たちの間にある水。
 分かち合うこと。与えること。与えられること。そうやって俺も産まれてきた? 誰かが二人で隠された水を交換した? 水がなくたって、交わることは出来る。誰かを虐げても。誰かを産まなくても。幸運なことに、俺たちの間には水があって、それは手足を温める熱と、形のない言葉と、言葉のない理解を生んだ。
 泡が立ち昇って消える。
 お前の手の強さが俺に針路をくれる。
 正しいか正しくないかなんてあとからしか解らない。
 質問の答えを知りたいなら自分で進むしかない。
 嘘をつき、欺き、盗む。生き残る。生きてさえいれば答えは見つかる、きっと。俺だけが生き残った意味が。お前の優しさの意味が。
「ケイレブ」
 腰の緊張を抱えた脚で知った。
 抱きしめていたいのに、お前は大抵、それを許さないね。指を掴んで、組み敷いて、そこへキスするのを避けてるみたいだ。
 そうして欲しいのに。
 もっとお前に触れたいのに。
 確かめたいのに。
 でも、お前の手に掴まるのもきらいじゃないんだ。お前の長い三指に掴まれるのも。
 波の高低に合わせて伝えられるだろ?俺は、俺たちは、もうすぐ呑みこまれる。潮が満ちる。息継ぎみたいに互いの名を口にする。
 眉の間にキスされて、額をゆるめた。無意識のうちに、また皺を寄せていたんだ。
 甲高く響く弱さを突かれ硬く仰け反る。
 湧き出す音が連続して韻律を詠う。
 俺の血液、俺の脊髄、俺のフォース。
 瞬間に、集束する。
 連れて行く。
 連れて行かれる。
 俺の海に、お前の海が流れこむ。
 水から上がった魚みたいに俺たちは、口を開けて酸素を求めた。
 上下する胸が打ち寄せ合う。互いの首に濡れた息があたる。顔を傾け、こちらを見ると、カスミアは俺の前髪に手を入れて、撫でるように掻き上げた。
 引っかかっていただけの髪留めを取り、肩に手をまわす。強くでもなく弱くでもない抱擁が俺の胸を羽ばたかせる。
 どうしてもっと、折れるほど抱きしめない?お前はそうしたがってるのに。いつもそうだ。お前は手足を伸ばす自由を必ずくれる。
 それは正しくて、優しくて、すこし淋しかった。だから、何故と問う代わりにしがみつく。
 ぎゅうと力を入れると、カスミアは安心したように眼を伏せて、ゆっくり息を吐ききった。
 広い胸がへこみまた膨らんでゆくのを、俺は黙って確かめていた。
      
                              了