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トゥーカの眼差し

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 感情を読み取られまいとするかのように、煙草に火をつける彼の口許を見る。
 コクピットの暗がりで、青紫の炎は紙巻の先端を朱に染め、自身はひとすじの煙になった。刺激性の匂いがつんと鼻を刺す。
 深宇宙の闇を塗りこめたキャノピーには昨日出会ったトゥーカの眼を思わせる火が点と燃え、カスミアが緩慢に息を吸うたび彩度を強くした。声のない会話に打ったピリオドみたいな朱は、ダッシュボード・パネルが発する覚束ない明かりの中で、ただひとつの動きあるものだ。はじめ、それは計器灯の星座に位置を占めた一個の光にすぎない。だがあるとき突然星は流れ、細い残像を引きながら、机上の皿に灰を落とす。上下に、やや落ち着きなく、周期的なルートで繰り返される。獣の好奇心を誘う不規則さと容易にとらえられそうな速さで。
 じっと眼をあてていると、
「お前には早い。KID」
 釘をさされた。燐寸の燃えさしを渡される。
「興味ないよ」
 返した言葉に嘘はなかった。刺激という意味ではスパイスの効能よりも、瞑想で得られるヴィジョンのほうが強烈なのだ(少なくともそう教わった。だからスパイスに手を出してもあまり面白くないと)。
 受け取ったものを眺める。細い体の半ばまでを黒く焦がし、ねじれた棒。ちいさな。青い炎を上げていた。俺の片手で足りるほどの時間、一瞬と云っていいような時の中で、己を燃やした燐寸は満足しただろうか? 与えられた役目を終えて。
「ほんとレトロ趣味だよね」
 捨てていいのか迷っていると、あとでまとめて水につけるから灰皿へ置けと云われた。
「念の為だ。火は扱いを間違うと酷いことになる」
 正しい扱い。火種はきちんと消して。二度と炎が上がらないように。
 だけどカスミアの手にある煙草にはまだ高熱がまたたいていて、彼の罪悪感が白く伸びている。彼の指を奇麗だと思う。力強くしなやかな、優しい緑の指。長い三つの爪先はかすかに尖っている。泥棒がそんな指をしている必要がなぜあるんだ?
「スパイスなんて、吸うんだな。カスミア」
「……燐寸を使いたい時だけ吸うんだ」
 先をにじる指の動きを見つめすぎるのは正しくないことか? 彼の視線を捉えすぎようとすることは。火の消えたスパイスのとなりへ燃え殻を横たえる。誰かの身を欲することが、こんなにも黒く、ねじれ、心の奥まで掬われることだなんて、誰も教えてくれなかった。正しいのか正しくないのかも。
「寝るぞ。明日は早い」
 彼は、正しくないと考えている。
 今しかないのに。
 きっと、今しかないのに。

                                                      了